少子高齢化に伴う人出不足は、コロナ後の景気回復によって劇的に厳しさを増しています。ISOの審査でいろいろな企業を訪問していますが、どこも人材の確保が最大の経営課題になりつつあると感じています。
政府は成長産業への人材の移動を目論み、リスキリングしてどんどん転職しましょう、なんてことを言っていますが、これまで真面目にコツコツ取り組んできた伝統産業の企業にとってはたまったものではありません。
また、政府の方針を利用して、人材紹介会社や転職支援のサービスが積極的に広告やPRを行うことで、あたかも転職しない人間は能力がないような雰囲気になってきているように感じます。働き手にとって選択肢が増えることはいいことですが、企業にとっては優秀な人材をいかに確保するか、今こそ真剣に考える時だと思います。
ISO9001の目的は、顧客満足度の高い製品やサービスを将来にわたって継続的に提供してゆくための仕組み作りにありますが、目的を達成するためには優秀な人材の獲得と定着化が欠かせません。
そのためのノウハウが、ISOの規格要求事項の中には随所に散りばめられています。今回は、人材の確保という視点でまとめてみたいと思います。
ただし、即効薬的にすぐ効くというよりも、漢方薬のように時間をかけて体質改善するような内容です。
まず、4章の「組織及びその状況の理解」では社内外の課題を明確化して対応することが求められていますが、見方を変えれば組織の目的や中長期的な戦略を明確化することが重要です。青臭い話とバカにする人がいるかもしれませんが、そもそもその会社は何のために存在するのか、どのような形で社会に役に立つのか、はっきりしていない会社に人は集まらないと思います。収入の良さだけを売り物にする企業には、それなりの人しか来ないのではないでしょうか。一定規模以上の会社であれば、当然どこも考えられてはいると思いますが、他の会社と似たり寄ったりでは効果がありません。ほかの会社にはない魅力的な独自性をいかに表現できるかがポイントです。それも流行り言葉を並べた上っ面のキャッチコピーではなく、経営者の想いやその会社の歴史を踏まえたものでないと、人の心には響きません。
また、4章では「利害関係者のニーズ及び期待の理解」も求められています。利害関係者というと顧客や取引先をイメージしがちですが、そこで働く従業員も重要な利害関係者です。人を募集しても応募がほとんどない、という話を審査先の企業でよく聞きます。更に退職者が出て、日々の生産活動にも四苦八苦しているという話も伺います。そうならないためには、今働いている人にいかに長く働いてもらうかしかありません。そのためには、従業員の意見に耳を傾け、どんなニーズや期待を持っているか把握することが重要です。そんなことは当たり前だ、従業員満足度調査もやっている、という企業も多いと思いますが、どこまで社員のホンネを引き出せているか、冷静に考えてみる必要があります。規模の小さな組織であれば社長自ら一般の社員とも話してフランクな関係になるのは易しいでしょうが、大きな組織では間にいろいろな立場の人がいて、特に耳の痛い話が聞こえてこない可能性があります。優秀な経営者の方はその点を意識して行動されていると思います。なお、規模の小さい起業では、従業員の意見を吸い上げてもすべてを叶えることは難しいと思います。これは直ちに対応する、これは少し時間がほしい、これは当社ではできないという結論を従業員にフィードバックすることも大切です。
6章では「リスク及び機会」を決定し、計画的に取り組むことが要求されています。会社を経営していくうえで、さまざまなリスクが想定されますが、今の時代は優秀な人材の退職やそれを補う人の採用難が大きな経営リスクになってきています。一方で人材の流動化は、これまで採用できなかった優秀な人材を確保できるチャンスでもあります。自社の独自性を磨き、会社の目的や中長期的な戦略をアピールすることで、優秀な人材をつなぎ止め、新しい人材を引きつける一助となります。人材の確保は人事総務部門の部門的な課題ではなく、全社的な経営課題として取り組む必要があります。
7章では、経営資源としての人材について「力量」を評価し教育訓練を行うことが求められています。ややもすると、人手不足の中では従業員の意見を聞きすぎて、従業員に甘い対応になりがちですが、それでは経営として成り立ちません。報酬に見合った働きをしてもらう必要があります。ISOでは業務に必要な力量(スキル)を明確化し、足りない場合には教育訓練などを行って力量を身につけさせることが求められています。力量は単に知識を有しているだけではなく、実際にその業務を一人前にこなせるという実務能力のことですから、社員の能力開発につながります。
長年企業に勤めて部長職まで出世した人が、転職する際に何ができますかと問われて「部長ができます」と答えたという古典的な笑い話がありますが、そうならないためにも実務能力を評価し高めてゆくことは、企業にとっても社員にとっても重要なことだと思います。
従業員の力量を評価した結果は「スキルマップ」という形で見える化することで、それぞれの業務に対して力量を持っている人の多い少ないが明確化されます。特に力量保持者が少ない仕事については、意識的に力量を身につけさせる教育を行うことで、万一退職された際のリスクヘッジにもなります。
また、スキルマップを活用して「マルチスキル化(多能化)」を進めることで、より少ない人数で仕事をこなせる生産性向上が期待できます。いろいろな仕事をこなせる人がたくさんいれば、急に休む人が出ても対応しやすいですし、何より働く人の有休がとりやすくなるというメリットがあります。政府の進める「働き方改革」の解決策の一つになると思います。
長くなりましたので、今回は以上にします。
日々人の採用や生産への人の手当てをしている人から見れば、何を悠長な!とお𠮟りを受けるかもしれませんが、少し立ち止まって考えてみていただければ幸いです。
目次
コメント